なんだろう、俺の発見伝

タイトルは友人の案。

タイトル無題

三時間ほど寝ていてまだ頭ぐわんぐわんしてるけど、なんか書きたくなったから書く。

トリガー

幽霊とか心霊現象とかはあんまり信じない方だけど、言霊というものはけっこう気にする方だ。

「俺、この戦争が終わったら結婚するんですよ」という台詞は有名な負けフラグの象徴で、これも一種の言霊みたいなものだ。個人的にはなんというか、ある事柄の結末に対してのトリガー的なものが言霊だと思っている。でも現実世界、何がトリガーかわかったもんじゃあない。ノベルゲームじゃないんだし、どんな言葉がどの引き金を引くかなんてわからない。こちらはツッコミとかジョークで言った、軽い気持ちでの言葉でも、言われた相手の顔が歪んでしまったら(嬉しさからだろうが、悲しみからだろうが)、それはまぎれもなくトリガーなのだろう。ハゲを気にしているおっさんの近くで「この壁、(色が)剥げてるね」なんて口にして「確かに私の頭は禿げているが、なぜ貴様にそれを言われねばならんのだ!」と逆ギレされても、それはおっさんのトリガーをうっかり引いてしまったこちらが悪いのだ、やはり。逆ギレしたおっさんの怒りも理不尽ではあるけど、おっさんも禿げたくて禿げたわけじゃなく、その禿にはそれまで彼が生きてきた中で受けてきたストレス、苦労の積み重ねが体現された、もしくは遺伝による生まれついての宿命的な因果から、という例えばそういうものに寄るものなのだろう。じゃないと、そんな理不尽な怒り方もしないじゃない。もし、これを読んでるあなたが、おっさんの例え話に不服があるようなら、とある少女の父親が夭折して、その葬式に自分も出ることになったとき、その父親の話をどこかしらで聞いて、「良いお父さんだったんだね」とぽつりとつぶやいた一言で少女の顔が歪み、涙を流してしまったら、それはやはり言ってしまったことが悪いとは思わないか。話の断片しか知らない、その父親の本当の姿も知らない人が言った一言でも、(その少女の中での父親像が良かろうが悪かろうが)結果、感情を高ぶらせ、涙を流させたことで、父親の面影を思い出させるトリガーを引いてしまったということになる。

しかし、これらはもはやどうしようもない。世界はこんなにも理不尽でむちゃくちゃなトリガーであふれている。しかし、そんな世界で生きている以上、これらトリガーを無視することもできない。万が一誰かのトリガーを引いてしまった場合でも、その結果をできるだけ救いのあるものにしないと、もっと世界は理不尽じゃないか。ハゲを気にして生きるおっさんを怒らせるのも不憫だし、少女を泣かせるのはもっとずっと不憫だ。

だから俺はこういった日記でも、いやHNという名前をつけた上で発信する日記だからこそ、書いてから投稿するか、お蔵入りにするかを考えて決めるようにしている、7割くらいは。という愚にもつかない前説終わり。次から本題。

 

大学生生活の折り返し

これから大学生生活の後半戦が始まってしまう。そのことに関する準備は全然できてない。公務員の試験を受けるための講座を受ける人も結構いそうだな。俺はどうしようか。とそんなかんじで変な焦燥感がなくもなく、選択肢は増やしておこうよという親の忠告が耳に残る。まあ、そのうちやるかやらないか決まるだろうよ。

それにどんな公務員を目指すかでやることも変わるんじゃないだろうか。どっかの歴史博物館の職員とかなら歴史好きの自分にはうってつけかもしれない。知識にも適材適所という言葉は適用するんじゃないのか。俺の歴史知識は通常生活や人間生活で全然使い道がなく、聞いてくれて議論してくれるような同志もいないから、適材でない場所なのかもしれない。その点歴史資料館や、博物館みたいなところなら俺の知識は邪魔扱いされないこともないんじゃないか。わからんけど。それにこれじゃあ、俺の薀蓄を聞いてくれる人がいる場所を探しているようなものだ。あほらしい。でもやっぱり俺の薀蓄を必要としている人の場所に行ってみたい気もある。まあ、そんなに歴史の知識を必要としている人なんて数少ない気がするから望みは薄いかもしれない。